第十三話

「おや、ユウラ。お前が一人なんて珍しいな。レイやシンはどうした」
「私は馬に蹴られたくないのですよ」
「馬に蹴られたくない?」
「仲のいい者達の邪魔をしてとばっちりは受けたくないってことです。レイとシンならユダとルカに誘われて出かけましたよ。ついでに薬草採りもお願いしておきました」
「神官は身も心もゼウスに仕える。いいのか?」
「ばれなきゃいいんです」
「だんだん性格がラキと同じになってきたな」

ゴウの言葉にユウラは心底嫌そうである。
ゴウは苦笑した。神殿裏の庭園にユウラの住まう庵はあった。
パンドラやカサンドラといった上位の神官たち、シンとレイのようなユウラつきの天使、ゴウやガイといった友人たちのほかは知らない場所である。

「ゴウはどうかしましたか」
「あぁいや。セラのことについての報告ついでに、お前を誘いに来た」
「セラ、ですか。最近はどうです」
「俺たちがいるからなのか、妖魔は襲ってこない。だが、気を抜かないほうがいいだろうな」
「そうですか。すみません、私も行ければよいのですが」
「抜け出すのもそうそう簡単じゃないだろう?」

ゴウの言葉にユウラは、ばれてましたか、と苦笑した。
ゴウはうなずく。

「それでだ、今日は抜け出せないか?」
「大丈夫だと思いますよ。そんなに遅くならなければ」
「出かけよう、ユウラ。それとも俺と一緒じゃいやか?」
「まさか。あなたと一緒だと怪我をする心配がないので嬉しい限りですよ」

こうしてゴウとユウラは出かけることになった。

「天界にこんな綺麗な泉があるなんて知りませんでした」
「よかった、ユウラも知らない場所だったんだな」
「はい。それにしてもゴウ、よくこんな場所を見つけましたね」
「偶然だ、偶然。鍛練していたらたまたまな」
「なにがたまたまなのか、わかりませんが・・・・ありがとうございます」

ゴウはそっとユウラを引き寄せた。ユウラはきょとんとしてゴウを見た。

「その、笑顔が見たかった」
「笑顔、ですか?」
「あぁ。お前の本当に嬉しそうな笑顔」

ユウラはわけがわからないといった様子でゴウを見る。
ゴウは強くユウラを抱きしめた。

「お前が笑っていてもすごく気になった。心の底から笑えていないんじゃないかって」
「ゴウ・・・・」
「お前の本当の表情が見たかったから」

ユウラはとんとゴウに体重を預けた。ゴウの耳に小さなありがとうという言葉が聞こえる。
ゴウは小さな笑みを浮かべた。

「ユウラーっ!」

ユウラは自らを呼ぶ声にはっとして振り向いた。ルカとユダが慌てた様子でやってくる。
二人のそばにレイとシンはいない。ユウラは悪寒を感じた。

「ユダ、ルカっ、レイとシンは」
「それが・・・・」

ユダが説明のためか、口を開こうとした時、ラキの声も聞こえてきた。

「ユウラッ、ユリが消えた!!」
「ラキッ?!ユリが消えたとは・・・・」
「シンとレイも少し目をはなしたすきに消えたんだ」

ユウラは目を丸くした。二人がユダとルカに何も言わず消えるわけがない。
そのように言いつけておいたのだから。

「消えた、どういう・・・・」
「ユウラ、ここにマヤが来てないか!?」
「キラ・・・・マヤもいなくなったのですか」
「あぁ」

予期せぬ場所に予期せぬ面々が集まった。ユウラはぞくりとして体を抱え込む。
何者かの悪意を感じた。

「一度神殿に戻ります。二人とも戻っているかもしれない。ゴウ、ガイを探してマヤを見なかったかたずねてください。それともし、ガイもいなかったらすぐに私のもとへ。ラキ、あなたは親衛隊に戻ったほうがいいでしょう。ユリもいない今、誰が統率するのです。ユダ、ルカ、東の森で消えたのでしょう?もう一度探してください。見つからなければ同じく私のもとへ」
「わかった」

その場で彼らは別れた。ユウラは翼を広げると神殿にむかって猛スピードで飛んでいく。
嫌な予感は胸のうちから消えてくれなかった。