第十二話
ユウラは自らの寝台で廃人(廃天使か)となっているラキを寝台から落とした。
なんとも形容しがたい声をあげてラキは寝台から床に激突する。
「ユウラ〜それは兄弟に対する仕打ちか?」
「仕打ちとわかっている時点であなたは私の兄弟ですよ。で、ラキなんで人のベッドで寝てるんですか」
「いやぁ、それがユリと喧嘩して神殿追い出された」
ユウラは笑顔を戸口にたっていたレイにむけた。
「レイ、悪いですが大き目の麻袋と紐を持ってきてもらえませんか」
「何に・・・・?」
「もちろんラキを縛り上げるためですよ。さ、お願いします」
「はい」
レイはユウラに逆らえず、いそいそと部屋を出て行った。床で胡坐をかくラキは不満そうである。
ユウラは冷え冷えとした瞳でラキを見下ろした。
「なんで喧嘩したんですか」
「俺にも覚えはねぇよ。ただ今朝神殿に出たらユリに追い出された」
「で」
「で?」
「あなたは少しでも仲直りをしようと思ったのですか」
「いや、ユリって俺に対しては怒ったら何も聞かないから・・・・とりあえずユリの気持ちが治まるまではって・・・・」
ユウラは大きな溜息をついた。まったくの馬鹿である。
「ラキ、仲直りをしてらっしゃい。ユリも心の奥では後悔してますよ」
「かなぁ」
「仲直りしなければ追い出しますが」
ラキは溜息をついてユウラを見上げた。容赦ない一言である。しかも言った一言を忠実にやるから冗談ではない。
本気で麻袋に入れられ紐で縛り上げられる。
「わかった。なんとか行動はしてみるよ」
ラキはそう言って神殿を出て行く。それと入れ違いになるようにしてレイが本当に麻袋と紐を持ってきた。
ユウラは苦笑してレイから麻袋を受け取る。
「すみませんね、レイ。少し脅えさせてしまいましたか」
「いえ。あの、ラキは」
「あの子は結構鈍いのです。だからユリ殿の気持ちに気がつかなかったのでしょう」
ユウラは寝台に麻袋をおくと、女神の元へ行って来ます、と言って出かけてしまった。
「ユリはいますか」
女神親衛隊の面々はいきなり姿を見せたユウラにぎょっとしたようである。慌てて幾人かが跪き、幾人かがユリを呼びに行く。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。あなたたちの忠誠は女神様にあるのでしょう」
「ユウラ様、何用ですか」
少しだけ厳しい声音のユリがやってくる。ユウラは穏やかな瞳をユリにむけた。
「少し、ラキのことで話があったのですよ」
「あんなやつもう知りません」
「そういわずに、少し付き合ってはいただけませんか」
ユリはうなずいた。ユウラとユリは二人で神殿の外に行く。
「ラキと喧嘩したそうですね」
「何故ユウラ様が?」
「私の寝室で廃天使になってましたから」
「それはご迷惑をおかけしました」
「・・・・・・・ユリ、私に言いたいことはないですか」
「言いたいこと?」
「えぇ。なんでもかまいませんよ。今は地位を気にせずに言ってください」
ユウラはニコッと微笑んだ。
「・・・・ラキを」
ユリは小さく呟いた。
「ラキをあなたから解放してください」
「・・・・・」
「あなたがいるからラキは、いつもいつも・・・・不安定なんです。あなたのことばかりを気にかけている。あなたから解放されれば、ラキは・・・・・・」
「ユリ・・・・」
「あなたがいたからラキも・・・・・」
ユリが剣を抜く。ユウラは避けようとはしなかった。
肉を貫く感触にユリははっとした。
ユウラが驚いたような顔で目の前を凝視している。ユリはゆっくりと目線をあげた。
「なんだ、お前のほうが不安定なんじゃん」
ユウラの代わりにユリの剣を受けたのはラキだった。腹部に剣が突き刺さり、そこからとめどなく血が溢れる。
ユリは青ざめた。
「悪いな、不安にさせてたんだろ」
ラキはユリの頬にそっと手を滑らせた。
ユリは泣きそうな目でラキを見る。
「悪い。俺のせいで不安になったんだな。大丈夫だ、ユリ、俺は、お前から二度と離れないから」
「ラキ・・・・」
「だから、ユウラのことは忘れてくれないか?こいつと俺は二人だけの天使なんだ」
ユウラは大きな溜息をついた。それにラキは振り向く。
どこまで愚鈍なんだ、と想ってしまう。
「ラキ、あなたはもう私に会わなくて結構ですよ」
「はぁ?!」
「あなたのその行為がユリを追い詰めているんですよ、わかってます?」
ユウラはそっと剣の柄からユリの手を離した。震えている。
「不安だったのでしょう、ラキがいなくなってしまわないか、と」
「・・・・・」
「大丈夫、ラキはもうあなたから離れませんから」
「ユウラ様・・・・・」
「というわけです、ラキ。さっさと止血なさい」
「あっ、ユウラどこに」
「神殿に戻ります。まだレイに詳しく事情を説明しませんから」
ユウラは(薄情なことに)神殿に戻って行く。ラキは腹部の剣をどうしたものか、と悩んでしまう。そのままにしておいても邪魔なだけなので、多少の痛みは伴うが思い切って抜いてしまった。
「いて」
「ラキッ!!」
「そんな、青ざめたらこっちが悪いことしたような気がしてくるじゃん」
ラキのほうがよっぽど青ざめているだろう、と言えずユリはだまってしまった。
「俺さ、ユウラと色々な話をしてきていろんな言葉を言ったけど、絶対に互いにこれだけは言わなかった」
ラキの瞳がユリを捕らえて放さない。
「俺はお前だけにしか言わないよ」
ユリの耳元にラキの唇がよる。
アイシテル
「ラキッ!!」
「ユリ、怪我の手当てしてくんねぇ?」
「・・・・・馬鹿・・・・・・」
ラキはユリの言葉に笑みを浮かべた。
そしてユリに抱きつかれ、困ったような嬉しいような痛いようなそんな表情をしたのであった。