第十一話

「あっ」

カサンドラは小さな声をあげた。耳に微かな旋律が届く。

「ユウラ様の笛・・・・」

カサンドラは笛の音に導かれて、歩みを進めた。やがて神殿の最奥にある小さな泉にたどり着く。そこにカサンドラが憧れる天使がいた。

「ユウラ様・・・」

カサンドラの声を聞いたのか、笛の音がやんで天使が振り向いた。
澄んだ銀の瞳がカサンドラを見つめた。

「どうかしましたか、カサンドラ」
「いえ・・・ユウラ様の笛の音が聞こえたので、きっといらっしゃるのだろうなとおもって」
「私の笛の音を?」
「あっあの、ユウラ様」
「なんでしょう」
「一曲聞かせてはもらえませんか。あなたの下に位置する私がこんなことを言うのはその」
「いいですよ。こっちへいらっしゃい」

ユウラはカサンドラを招く。カサンドラはうなずいてユウラの側に近寄った。

「どのような曲がいいですか」
「ユウラ様が一番好きなもので・・・・」

ユウラは微笑むと、笛に唇を寄せた。すぐ済んだ音色が流れ出す。
ゆったりとした曲だった。カサンドラはその曲を聴いて空に浮かぶ星星を思い浮かべた。
ガラにもなく緊張してしまう。ユウラの隣にいるからだろうか。

「どうですか」
「とても素敵な曲なのですね。私も好きです」
「ありがとう。この曲は私がある方のために考えたんです。そのときはまだ一神官に過ぎませんでしたが」
「ゼウス様ですか?」

カサンドラがたずねるとユウラは首を振った。その瞳に悲しそうな光が宿った。

「もうこの天界にはいらっしゃらないのです」
「そんな・・・・」
「でも繋がってますから、大丈夫ですよ」

ユウラは微笑むと立ち上がった。

「カサンドラは私に何か用があったのではないですか」
「いえ」

ユウラは首をかしげた。カサンドラはドキドキしてしまう。

「私の部屋に来ませんか。今レイとシンがいなくてつまらないのです」
「はい。私でよければ」

思いがけぬ幸運にカサンドラは喜んだ。
ユウラは不思議な天使である。下位のものや上位のものといった区別をつけずに、誰も彼も同じランクの天使として接しているのである。
カサンドラにも同じだった。
初めて会ったときから、ユウラはカサンドラに優しくしてくれたのだ。

「風が強いですね」
「あ、ユウラ様」

風になびく髪をユウラは押さえている。長いため、風にあおられて大変なのだ。
カサンドラは慌てて腕に巻いていたリボンを外し、ユウラに差し出した。

「よかったらこれで髪をまとめてください」
「でもそれはカサンドラの」
「私は使いませんから」

ユウラは笑顔になってカサンドラからリボンを受け取った。

「ありがとうございます。カサンドラ、お願いなのですが、髪をしばってくれませんか。私は不器用でできないのです」
「はい」

カサンドラは座ったユウラの背後に回り、髪に触れた。
滑らかな髪の感じが気持ちいい。

「ユウラ様の髪はお綺麗ですね」
「そうですか?」
「はい。こんな感じでいかがでしょうか」
「ありがとうございます」

ユウラは立ち上がると、カサンドラの長い前髪をそっと払った。
銀の瞳とまともに目が合ってしまい、カサンドラは頬が熱くなるのを感じた。

「前髪が邪魔ではないですか」
「いえ、このままで平気です」
「私は不便だと思いますよ。カサンドラの瞳とちゃんと目が合わなくて」

ユウラは瞳を伏せた。

「あっでは、ユウラ様の前にいるときだけ、前髪をとめて・・・・」
「無理しなくてもいいですよ、カサンドラ」
「いえ、その、私が・・・私もユウラ様の瞳とちゃんと目をあわせたくて」

ユウラは一瞬呆けたような顔をしたあと、くすくすと笑った。

「すみません、カサンドラ。悪気はないのです。さて、いきましょうか」
「はい」

ユウラはカサンドラの手を軽く握った。驚いた顔をするカサンドラにユウラは微笑みかける。
ユウラは悪戯っぽく笑ってカサンドラを見た。

「時にはいいでしょう?」

カサンドラは、このとき永遠を願ったのであった。