第十話

「パンドラ?」
「ユウラ様・・・・」

ユウラは部屋の前で所在無く立ち尽くしていたパンドラに声をかけた。
パンドラはどこかほっとしたような表情である。

「どうかしましたか」
「あの・・・・少しお話があるのですが」
「では、お入りなさい。お茶でも飲みながらでいいでしょう」

パンドラは顔を俯かせてうなずいた。ユウラはその様子がただ事でないことに気がつく。

「何かありましたか」
「・・・・・・」

ユウラの問いにパンドラは何も答えない。ユウラはそっと椅子に座るパンドラの側に跪いた。

「私ではあなたの不安を取り除けませんか、パンドラ」
「いいえ、ユウラ様」
「話して下さい、パンドラ。あなたの助けとなれるのならなんでも」

パンドラは潤んだ瞳をユウラにむけた。

「怖いのです、ユウラ様。"祝福"が」
「祝福を受けたのですか・・・・」
「はい。"支援"と"催眠"という二つの力をいただきました」
「それで・・・・」
「明日の夜、私は・・・・」

ユウラはパンドラを抱き締めた。ついにはじまってしまったのだ。

「ユウラ様、私を抱いてはもらえませんか」

ユウラはパンドラに言われた言葉に眼を見開いた。パンドラの瞳は真剣そのものである。
いや、少しだけ期待の光が混ざっているのかもしれない。
いやいやいやいやいや。
そこではないだろう。

「パンドラ、私はあなた方の教育係。そちらのことはゼウス様に・・・・」
「私はユウラ様が好きなのです」
「・・・その想いに私が答えられなくとも、ですか?」

記憶はなくなっている。だから覚えていなくて当然なのだ。
パンドラは神官長としてゼウスに愛されていたのだ。そして本人もそれを望んでいた。

「はい」

パンドラは毅然とした態度で言った。ユウラは軽い溜息をつく。
そっとパンドラの頬に触れた。パンドラはどこか不思議そうな表情である。

「パンドラ、あなたはゼウス様に愛されるのです。そのことに不満はありますか」
「いえ」
「あなたはゼウス様のおそばにはべることになるのです。これは選ばれた神官のみに許されることです。誇りに思いなさい」
「ユウラ様」

ユウラは微笑んだ。

「もしも、辛いことがあったら私に話してください。少しでも力になりますよ」
「ありがとうございます」
「パンドラ、あなたは私が教育してきた神官たちの中でも優れています。私はあなたのことを誇りに思いますよ」

ユウラの言葉と笑みにパンドラの頬が赤く染まる。ユウラはそっとパンドラの額に唇を落とした。

「お行きなさい、パンドラ。今日はゆっくりと休んだほうがいいでしょう。また、明日」
「はい。あの、ユウラ様」
「はい?」
「まだ、ユウラ様のことを愛していてもかまいませんか」

ユウラは微笑んでうなずいた。パンドラはこの部屋へ来てはじめて笑みを浮かべると、そのまま去って行った。
パンドラのいなくなった部屋でユウラは溜息をついた。その肩にルウが姿を見せる。

「どうしたの、ユウラ」
「正直言って自分に吐き気がしますよ」

ユウラは自分の前髪をかきあげた。

「なんで?」
「決まってます。ゼウス様に愛されることを誇りに思えなど、今までの私なら絶対に口にしませんよ。本当に自分が嫌になってきました」

そう言ってユウラはまた大きな溜息をつく。

「これが、私の望んだ世界だというのに」