第九話

ユウラは薄絹を体にまきつけて立っていた。
いささか疲弊した顔である。月明かりは白く、ユウラの姿を浮かび上がらせていた。

「浮たる雲は縛られず 我が翼に鎖あり」

ユウラの背に翼がゆっくりと姿を見せた。それには黒い筋が幾重にもついていた。

「ユウラ・・・・・」
「ゼウス様・・・」
「どうでした。体がこんなに冷えているではないか」

ゼウスが背後からユウラを抱き締める。ユウラはゆっくりと瞬きを繰り返した。
体中にある赤い印が自己主張をしている。

「誰を想っている」
「誰も」
「お前はいつも私ではない、他の誰かを見ているな」

ゼウスの唇が首筋に落ちてきた。
ユウラの体が小さく震えた。舌先がゆっくりと耳の後ろまで進んでいく。

「ぁ・・・・ゼウス様、やめてくださ・・・・」
「感じているお前が何を言う」
「やっ」

ユウラの体から力が抜けた。ゼウスの腕が腰に回る。

「支配されろ、ユウラ。お前は私のものだ」

ユウラの体に鎖の形をしたあざが生まれる。ユウラの顔が苦痛に歪んだ。

「何者も愛することは許さぬ。私だけを見るのだ」
「ゼウス様・・・・・・・やめ」
「私に縛られろ」
「いやぁぁぁぁぁっ!」

ユウラは叫ぶと意識を落とした。限界を超える痛みがはしったのである。


「ルシファー様っ・・・・・・・」

体中をくまなくはしる快感にユウラは打ち震えていた。
ルシファーはふとユウラの背に走る傷に気がついた。醜いまでに赤くはれ上がったそれに触れるとユウラの体が強張る。

「なにがあった」
「・・・・・・・・」

ユウラは目を伏せた。ルシファーは何も言わず、そっと背の傷に唇を落とした。

「何も話してはくれないのか」
「ルシファー様・・・神官とは、身も心もゼウス様に捧げなければいけないのでしょうか」
「何故、そのようなことを。レイやシンという神官たちは違うのであろう?」
「彼らは私の大切な友人です。ゼウス様には・・・・触れられたくないと思うのです」
「自分自身はいいと思っているのか、ユウラ」
「違います・・・・私が私に触れてもいいと思える方はあなただけです」

ルシファーはそっとユウラの髪に触れた。ユウラはぎゅっと目をつぶる。その様子は地上の人間たちが飼っている猫という生き物にそっくりだ。
ルシファーはユウラの頭を引き寄せ、つむじに口付けた。

「ユウラ、私はお前を愛している」
「ルシファー様・・・・・・・」
「忘れるな、お前の心が私だけにむいていることを」
「はい・・・」

ユウラとルシファーの唇が重なる。

「支配されるのは嫌いじゃないだろう?」