第四話
「ユウラ」
「ん・・・・・・・・・ラキ」
ユウラは体を起こした。ラキが顔を覗き込んでいる。
その手には切り傷がたくさんあった。顔を青ざめさせてラキを見るユウラに、ラキは笑みを見せた。
「ただの鍛練。それよりも、ほら。土産」
そう言って渡されたのは白く大きな花である。確か下界の花で、名は確か薔薇。棘がたくさんあったはずである。
ふと、そう考えたユウラはラキの切り傷のわけに思い当たった。
「わざわざ下界まで取りに降りたのですか。命の泉に行って?」
「ん。ユウラ、最近元気がないからな」
「まったく・・・・ラキはいつだって私には予測不可能なことをやらかしますね」
「そうか?」
ラキが首をかしげ、ユウラはうなずく。
「第一下界に下りたんですか」
「あぁ。楽しかった。お前はここから動けないだろう?だから、土産話もいっぱい持ってきた」
「・・・・・ありがとうございます、ラキ」
「どういたしまして」
ラキは照れたように笑った。
女神の神殿、親衛隊の宿舎でユリは溜息をついていた。
「隊長?」
「あぁ、いやなんでもない」
親衛隊の者達が不安そうに声をかけていく。ユリは心配をかけないようにと極力溜息をつかないようにしてはいるのだが、どうしてもついてしまう。
ラキがいなくなってからというもの、ユリはラキの姿を探していた。だが、どこを探してもラキの姿はおろか、目撃情報さえも聞かないのだ。
「馬鹿が・・・・・」
嫌いといわれたことに衝撃を受けていた。正面きって言われたわけではない。だが、ラキの、あの恨みのこもった瞳に射抜かれ、ユリは動けなかった。
「嫌い、だと思っていたのか・・・・・」
ユリの脳裏に何度もラキの笑顔が浮かんでくる。
ユリは泣くまいと歯を食いしばった。
「ユリ、そんな風に食いしばってると歯が欠けるぜ」
聞きなれた声にユリは驚いて顔をあげた。真っ青な空を背景としてラキが宙に浮かんでいる。
ユリの口は開かれたまま言葉を発しない。ラキは苦笑しながら、ユリのそばまで降りてきた。
「ラキ、なんでお前、ここに」
「お前に会いに来た。ユウラが会いに行けって五月蝿いから」
「ユウラ様が?あの方は無事なのか」
「無事も無事。無茶苦茶元気だぜ?少なくともオレを説教するくらいの元気はあるから安心しろよ」
「二人とも戻ってはこないのか?皆、待っているのに」
「しばらくはな。にしてもユリ。オレ、お前にあんなひどい言葉言ったのに、まだオレを待っているのか」
ラキはそう言った。ユリは口元に笑みを浮かべている。
「当たり前だ。誰が、馬鹿な幼馴染のことを忘れるか」
ユリの言葉にラキは、そりゃそうか、とつぶやいて彼の体を抱き上げた。
「本当は、お前だけには言いたくなかった。信じてくれとは言わない。でもオレはお前が好きだ」
「ラキ・・・・・」
「どんなに離れていても俺はお前のそばにいる。だから、俺のことは忘れてくれ」
「ラキ、言っていることが矛盾しているが?」
「お前は俺のことをおぼえてなくていい。俺がお前のことを覚えているから」
ラキの瞳は悲しげに曇っていた。ユリはそっとラキの目元に指を持っていった。
つつっと透明な雫が零れ落ちた。
「馬鹿なやつだ。自分で馬鹿馬鹿言っておきながら、お前が一番馬鹿だろう」
「ユリ、馬鹿って四回も」
「お前のことを忘れるわけがない。絶対にだ」
「・・・・わかんねぇ、お前たちのことが、なんでそんなに、なんでそんなに優しいんだよ」
「当たり前のことを聞くな。お前が誰よりも大切だからに決まってるだろう?」
ラキの体が僅かに強張った。
「無理に戻って来い、なんて言わない。でも、こうして時折姿を見せて欲しい」
「ユリ・・・・」
「認めたくはなかったが・・・・私には、ラキが必要なんだ」
「・・・あぁ、俺にもユリが必要だ」
ラキはユリに口付けた。名残惜しげに唇をはなし、ラキはユリの体を解放する。
「行かないと」
「ラキ!」
「ん?」
「また・・・・また会えるのか」
「ユウラが戻りたいって望んでいる。だから、俺もきっと戻ってくる。それに」
ラキはユリをむいて微笑んだ。
「お前のこと、もっと好きになったから」
そんな言葉を言ってラキは翼を広げて飛び立っていった。残されたユリは顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。
「なら、早く戻って来い」
ユリの言葉は姿を消してしまったラキには届くことはなかった。