第二部 第一話

天使たちの住む楽園から遥か下方にある下界。そこの小さな村に一人の少女が住んでいた。
若芽色の髪と見る角度によって色が変わる不思議な色合いの瞳を持っていた。
そして、神や天使たちと言葉を交わすことができる力も・・・・その少女はその力のことを誰にも話さなかった。

「セラ」
「こんにちは、おじいさん。今日はどうしましたか?」
「あぁ、いつもの薬をもらえんかね」
「直ぐ持ってきますね」

セラフィールド、それが彼女の名だった。村人たちにセラ、という愛称で親しまれる彼女は村の医者としても人気だった。

「はい、どうぞ。足の調子はどうですか」
「セラの薬のおかげで痛みもないわい」
「それはよかったです。でも無理はしないでくださいね。お大事に」

セラは隣フォルトナ村のジョエルという医師に師事していた。
棚を見上げたセラは薬草が足りないことに気がつく。籠を持って、薬草と取りに行った。
足りなくなっていたのはどの薬にも使用するものだ。足りなければ薬を作ることができない。
村の近くにある森の中、その奥深くに泉があった。セラの使用する薬草のほとんどはその泉で摘み取る。水が清らかなおかげで数多くの薬草が自生しているのだ。

「そういえばユリウスやオーディンさんは元気かな」

フォルトナ村にはセラの友人たちも数多くいるのだ。12年前にやってきたロウ兄弟は中でも一番の友人だった。
兄のオーディン・ロウはセラのために竪琴を奏でてくれることがあった。盲目ではあるが、とても優しくてセラは好きだった。
弟のユリウスはセラと同い年であり、同じくジョエルの診療所で勉強をつんでいた。明るい笑顔に何度も元気付けられた。
セラが隣村に戻ってきてからしばらく会っていない。だが、時折文は交わしている。

「今度、遊びに行ってみようかな」

そんなことを考えているうちに泉にたどり着く。泉に抜け出たセラは硬直した。
泉のほとりに大きな木が生えていたのだ。その木の根が泉の水に浸かっている。そのせいなのか、水は黒く濁っていた。
泉のほとりに咲き乱れていた花々や、薬草はすべて枯れている。

「なに、あれ・・・・・・・・」

呆然としているセラに枝が伸びてきた。セラは籠を取り落とし逃げようとする。
だが、枝のほうが速かった。

「いやぁぁっ!」

枝は少しずつセラの体を締め付ける。セラは声の限りに叫ぶが、誰も来るはずがない。
セラは、涙を流した。

「誰か・・・・・助け・・・」
「ファイヤービーム!!」

セラの体を締め上げていた枝を炎が焼ききった。宙に放り出されたセラの体を誰かが受け止めた。
朦朧とする意識の中でセラは優しい声を聞いた。

「大丈夫か?」
「・・・・・・・えぇ」
「すぐに終わる。少し目を閉じているといい」

その言葉にセラは意識を飛ばした。


ぐったりとしたセラの体を抱いている天使は地上に降りた。銀の大羽をしまい、大樹の根元にセラを横たえた。

「ゴウ、そちらはどうだ」
「あと少しだ」

ゴウと呼ばれた天使は再度炎で木を焼いた。木は炭となり、さらさらと崩れて行った。

「終ったな。そっちのほうはどうなんだ、ルカ?」
「気を失っているだけだ」

ルカと呼ばれた青年はセラを見た。セラはゆっくりと目を開けた。
目の前に二人の青年がいると慌てたように立ち上がり、ふらつく。ルカが支えた。

「すみません・・・・あの、助けてくれたんですか?」
「あぁ。俺たちが来たときに襲われていてな」

セラは申し訳なさそうな顔で二人を見た。そしてその背にある翼に驚く。

「天使様・・・・・・?」
「なんだ、お前翼が見えているのか」
「はい。完全にではありませんが」
「十分だ」

セラは薬草の籠を拾ってくると青年達を見た。

「私の家に参りませんか?その、お礼もしたいので」
「だが、迷惑ではないか?」
「どの道一人なのです。かまいませんわ」

セラの言葉に二人はうなずいた。

「名前をおうかがいしてもかまいませんか」
「ゴウという。こっちはルカ。お前は?」
「セラフィールドともうします。この近くの村で医者をやっています。どうか、セラとお呼びくださいな」

こうして、ルカとゴウはセラの家に行くこととなった。