第一部 最終話

天使長のお披露目が行われた。ユウラはその天使たちと向かい合う。

「あとのことを頼みますね。きっと、私はまた眠りにつく」
「ユウラ、私たちはあなたに作られた。だから、あなたの命令は絶対」
「では、もう一つ。ゼウス様の命令には逆らわないでください。あなたたちは私の身代わりです。夜伽も頼めますか。あなたたちならゼウス様も気に入ってくださるでしょう」

ユウラの前に立つ二人の天使はユウラの前に跪いた。

「われらが主の仰せのままに」

ユウラがその二人の天使を連れてゼウスの前にやってくる。ゼウスは玉座から立ち上がってユウラを迎えた。

「ゼウス様、そろそろお時間です。参りましょう」
「あぁそうだな」

ゼウスの後に続いて、ユウラと天使たちは歩く。
神殿の外に出ると天使たちが彼らを待っていた。

「新たな天使長だ。さぁ、前に来い」

ユウラの後ろから二人の天使が姿を見せた。
淡い紫色の長い髪と、浅葱色の瞳を持った青年、金色の髪に紅の瞳を持った青年。どちらも額に花のような模様がえがかれていた。

「ラファエルとミカエルだ。お前たちの長となり、統べるだろう」

ユウラはほっとしたように息をついた。その瞬間に体から力が抜ける。


ラキは下から神殿を見上げていた。ラファエルとミカエルの後ろに立つユウラの顔は青ざめている。
もう、耐えられないのだろう。

「ラキ、どうした?」
「なんでもない」

ラキがユリを見て、また視線をユウラに戻したときである。ユウラの体が力を失って倒れるのが見えた。

「ユウラッ!」
「ラキッ?!」

ラキは翼を広げ、神殿から落ちてきたユウラの体を受け止めた。ユウラに声をかけても反応はない。深い眠りについてしまったのだ。
ラキは唇を噛み締めた。そして神殿と、下にいる者達へ怒りの視線をむけた。

「お前たちなんか、助けなければよかったんだ」

絞りだすような声だった。

「お前たちを助けたから、ユウラもオレも翼を失ったんだ。お前たちなんか、助けなくてもよかったんだ」
「ラキ、どこへ行くんだ!!」
「お前たちも知らないような場所へ。ユウラが回復するまではオレも姿を見せるつもりはない。できることなら、二度とお前たちとユウラを会わせたくない。でも、それをユウラは望まない。よかったな、ユウラがお前たちのことを好きで。俺は、大嫌いだけどな」

ラキはそう言うとユウラの体を抱えたまま、姿を消してしまった。飛んで行ったのではない、その場から姿を消したのだ。まるで、消滅するようだった。
ラファエルとミカエルはそれを見送った。彼らはゼウスに笑顔をむけた。

「ゼウス様、しばらくユウラは戻って来ないでしょう。さぁ、儀式の続きを」

二人はどこか歪んだ笑顔で言った。


ラキはユウラの体を強く抱きしめていた。天界のはずれにある洞窟。ユウラとラキが育った場所でもある。
母なる女神ガイアの懐だ。

「ユウラ、お前は馬鹿だよ・・・・・・」
≪ラキ≫

ラキの名を呼ぶ声に彼は顔を上げた。姿はないが、誰が呼んでいるのかわかる。
ラキは目が閉じられたユウラの顔を見た。

「ユウラは、助かるのか」
≪しばらくここで大人しくしていれば、時間はかかるものの目覚めるだろう≫
「それなら、いい」

ラキはそっとユウラの体を横たえた。胸の中にはまだ、怒りが湧き立っている。
怒りを鎮めるためにラキはゆっくりと息を吸って吐いた。

「ユウラは、馬鹿なんだ。破滅の日のときにも、自分のことを後回しにして、あいつらを助けようとした」
≪そのばかに乗じて、同じように翼を失ったのは誰だ≫
「俺だ。でもオレはあいつらを助けるために翼を捨てたんじゃない。ユウラを、苦しませないためにやったんだ」

声は小さな溜息をついた。

「俺たちは一つなんだ。ユウラ一人にすべて負わせるかよ」
≪それでお前が死んでもユウラは喜ばんぞ≫
「知ってる。だから、オレは死なない」

ラキは死んだように眠り続けるユウラの頬に手を当てた。
その瞳が悲しげにふせられる。

「しばらく、ユリにも会えないな。それにあそこまで大々的に嫌いだなんて言ったから、会えるはずもないか」
≪後悔しているのか、ラキ≫
「まさか」
≪あのユリとかいう天使。お前のことを心配しているようだが?≫

ラキは顔をあげ、暗闇を見た。その顔には信じられないといった表情がありありと浮かんでいる。
声は小さな笑みを含んで言った。

≪ラキ、悲嘆するのはお前の勝手だ。だがユウラは目覚めたらまたあちらの世界に行くだろう≫
「オレはユウラを守るためにいるんだ。ユウラが戻るというのなら俺も戻る。だが、あいつらからは遠く離れるつもりだ」
≪ユウラは確実に泣きそうな目でお前を見るぞ≫
「ていうか、泣くな」

ラキは溜息をついた。ほんのちょっとだけ、ユウラを信じようと思う。でも、怖い。
信じるのが怖い。誰かを想う事が怖い。馴れ合うのが怖い。
そして何より。

「喪うのが、怖いんだ」


破滅の日
きっとまた訪れる
私たちにそれを止めることは許されない
神は永遠を生きる
私たちは神よりも弱いもの
そして私たちは喪う
大切な者達を

目覚めなければ
また、喪ってしまう
それはイヤ
もう悲しみたくない
目覚めよう
彼らを守るために


「ユウラ・・・・・・・?」

ラキの声に反応するかのようにユウラの瞳が開いた。美しかった銀の瞳を赤く染めて。


―第一部 END―