第十九話
がたんと音をさせてユウラが椅子から落ちた。レイが青ざめ、ユウラの側によって行く。シンも慌ててやってきた。
ユウラは不安に青ざめる二人に笑顔をむけた。
「大丈夫ですよ、少し立ちくらみがしただけです」
「ユウラ様の場合、大丈夫という言葉は信用できないんです」
「ユウラ様、横になってください。すぐに何か暖かいものを用意してきますから」
「すみません・・・・」
ユウラはそう謝るとシンに支えられながら、寝台に横たわった。その顔は青ざめている。シンは額に手を当てて熱がないことをはかる。
「大丈夫です、シン。少し無理をしすぎただけですから」
「ユウラ様はいつも無理しすぎなのです。少しお休みになられたほうがよろしいかと思いますが」
「そうですね。いつもこのようでは、シンやレイに心配をかけますから」
「・・・・・・ユウラ様は変わっていますね」
「そうですか?」
ユウラは不思議そうにたずねた。シンはうなずく。ユウラは自分でやっていることがわからないため、首をかしげた。
「他の神官長に仕えている見習いたちは、私たちを羨ましがっています。ユウラ様はお優しいと」
「そんなことありませんよ。パンドラは少し厳しいですが、後々にそれが役に立つでしょ
う。カサンドラも知識が豊富で、私など足元にも及びません」
「謙遜のしすぎですよ、ユウラ様」
「カサンドラ・・・・・どうかしましたか」
部屋にやってきたカサンドラの姿にユウラは笑みを深くした。カサンドラはゆっくりと腰を鎮めた。
「お久し振りです。近頃は神殿にお姿をお見せになりませんでしたね」
「体調が優れないのです。すみません」
「いいえ。ユウラ様が謝ることではありません」
カサンドラはそっとユウラの手を握った。冷たいユウラの手に暖かさが宿る。
「ユウラ様は誰よりもゼウス様に尽くし、そして私たちを気にかけていてくださいます。私たちは感謝こそすれ、悪いほうに想ったことはありません」
ユウラは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。カサンドラは頬を赤らめ、ユウラから手を離す。
「ゼウス様がお呼びだったのですが、調子が悪いのでしたら」
「いいえ。行きましょう。大切なことですから。カサンドラ、支えてくれませんか」
「はい」
「シン、レイ、すぐに戻りますから暖かい食事の用意をお願いしますね」
「ユウラ様・・・・・・・」
二人は不安そうな様子である。ユウラはそっと二人の頬を撫でた。
「ユダとルカを呼んであります。彼らがきたらお茶でも出してあげてくださいね」
ユウラはそう言うと、カサンドラに支えられながらゼウスの待つ広間に向かった。
レイは不安そうに顔を翳らせた。
「ユウラ様、大丈夫でしょうか」
「えぇ。何もなければよいのですが・・・・・」
「待っておったぞ、ユウラ」
「お約束に遅れてしまい申し訳ございません、ゼウス様」
「カサンドラ、お前はもうさがれ」
「はい」
カサンドラは一瞬不安そうにユウラに目を向けたが、ユウラはカサンドラにむけて笑みを浮かべていた。
不安を残しながらカサンドラは退出していく。ユウラはそれを見送ると、青ざめた顔をゼウスにむけた。
「明日のことでしたら、何も心配はいりません」
「ユウラ、顔色が悪いな」
「このところ、眠っていないのです・・・・・明日のことはご心配なさらないでください。滞りなく進めることができると思います」
ユウラはゼウスの招きに応じて、そばに近寄って行った。ゼウスはユウラが側に来たのを見ると、体を引き寄せ抱き締める。
「ゼウス様」
「寝ていないのだろう?ならば、今眠るといい。明日はお前なしでは進めることができないのだから」
「・・・・・・・・・・・はい」
ユウラはゆっくりとゼウスの腕の中で目を閉じた。優しい暖かさが体を包み込んでいった。
ラキは眠れずにいた。胸騒ぎがしてしょうもないのだ。
「ラキ?」
「ん、ユリ。起こしたか?」
「いや。起きていた。眠れないのか?」
「あぁ、胸騒ぎがしてな。明日の披露、何もなければいいと思っている」
「新しい天使長の・・・・・?」
「あぁ。ユウラが天使長の地位を断ったからな。新しい天使長がいるんだ」
ユリはラキに擦り寄った。ラキは小さく笑みを浮かべてユリの体に腕を回す。
「ユリはあったかいな・・・・・・・本当、俺たちとはちが・・・・」
ラキはユリを抱き締めたまま、眠りについてしまう。ユリはほっとしたように笑みを浮かべると、ラキの前髪を掻き揚げた。
今は閉じられているが、黒さを帯びた瞳がユリは好きだった。太陽の光に当たるとくるくると色を変えていくのだ。
だが、ユリは知らない。彼とラキに別れが訪れることなど。