第十七話

「女神、離宮からお戻りになれていたのですね」
「えぇ」
「調子のほうはいかがですか」
「えっ・・・」
「前々から調子がよくなかったのでしょう?」
「・・・・・よくわかりますね」

ユウラは軽く声を立てて笑った。女神は目を瞠る。ユウラが声を立てて笑うなど、あまり見ないことなのだ。
なにか、心境の変化でもあったのだろうか。そんな、女神の思いを感じ取ったのか、ユウラは笑いを治め、女神を見た。

「自分でも驚いています。今まで声を立てて笑うなどなかったことですから。でも、最近は本当に良く笑うようになったんですよ」

そう言ってユウラは微笑んだ。少し笑みの印象も変わっている気がする。

「いいことがあったのですね」

女神の言葉にユウラは頬を赤らめた。どうやら図星のようらしい。

「女神様!」

ラキとユリの声が聞こえた。ユウラが振り向くとちょうど二人が謁見の間にやってきたところである。
二人はユウラを見て笑みを浮かべてから、女神の前に進み膝を折った。

「女神様、お帰りなさいませ」
「長く不在にしてすみませんでした。ユリ、ラキ、ありがとう」
「いいえ。それが我ら親衛隊の役目ですから」
「ユリ、ラキは悪戯をしませんでしたか」
「珍しくなにも」

ユウラはきょとんとしてラキを見た。ラキはユウラを見てブンブンと首を振って精一杯否定している。
女神とユリは笑いを堪えていた。ユウラは笑みを浮かべてラキを見る。

「女神様、意地悪をなさらないでください」
「女神様、今回は珍しくラキはなにもしませんでしたよ」
「珍しくって・・・・それ、フォローになってないんだけど」

ラキは溜息をついた。ユウラは小さく笑うと立ち上がる。女神の瞳がラキからユウラにむいた。

「もう行くのですか、もう少しゆっくりしていっても」
「レイとシンが待っています。今日は共にルカとユダに会う約束をしていますから。それでは、女神様。また遊びに参ります」
「ユウラ」
「はい」
「あまり肩に力を入れないでくださいね」
「十分承知しております」

ユウラはそう言うと女神の神殿からゼウスの神殿に戻って行った。
ラキは少しだけ不安そうな顔をして、ユウラを見送った。女神はそんなラキの様子を見て小さく笑う。
ラキは不思議そうに女神を見やった。

「ユリは不安ではありませんか」
「不安、ですか」
「えぇ。ラキはいつもユウラのことを見ていますからね」
「そんなことは・・・・・・・」

ユリは首を振った。

「そんなことは・・・・・えぇ、少しはあるのかもしれません」
「何が?」

ラキは不思議そうにユリと女神を見比べた。女神はユリにむかって小さく片目をつぶってみせる。

「ラキのことについてですよ」

ラキはきょとんとして、ユリを見た。ユリは小さな笑みを浮かべると立ち上がる。

「女神様、私たちもこれで」
「どこかへ?」
「はい。女神様がお帰りになられたのでしたら、明日からの役目の準備をしなければなりませんから」
「明日からもよろしくお願いしますね」
「はい」

二人は笑顔で同時に答えた。
いっぽうユウラは待ち合わせの場所へと急ぐ。すぐに手を振る姿に気がついて、手を振り替えした。

「遅れてすみません。女神がお帰りになられていることを知ったので、会いに行っていたのです」
「女神が戻っているのか」
「はい。お元気そうでしたよ」

ユウラが微笑みながら言うと同時に彼らを風が襲う。ユウラはなびく髪を押さえて顔をあげた。
その横顔が悲しそうに曇っている。

「ユウラ様、ゼウス様から・・・・・」
「すみません。お呼びがかかってしまったようです」
「行くのか」
「はい。私はゼウス様に仕える神官ですから」

身をひるがえして神殿に帰ろうとしたユウラの腕をユダがつかんだ。驚いて振り向くユウラの瞳に珍しく怒気を露にしたユダの顔が映った。

「ユダ?」
「そんな辛そうな顔をするお前をゼウスのもとには行かせられない」
「離して下さい。私は行かなければならないのです」
「だめだ。シンもレイもずっと心配していたんだぞ。お前が日ごとに憔悴していくのを」
「・・・・・・・あなたたちには関係ないでしょう」
「ユウラッ!」
「これは、私が決めた道です」

ユウラはユダの手を振り払った。泣きそうな顔をして、ユダを、ルカを、レイを、シンを見た。
ユウラを止める手立てはなかった。

「これは、私が決め、求め、そして甘んじて受ける罰なのです」

心配してくれてありがとうございます。
ユウラはそう言うと神殿に飛んで行ってしまった。何も、することができなかった。