第十六話
ラキは月灯りのもとに立っていた。そろそろ刻限である。
ラキの背に翼が広がった。ラキはその身を雲の下に落とす。ものすごい勢いでラキの体が地上に落ちていく。
ラキの体は地上に打ち付けられることなく、その下の世界に落ちた。
地獄、と呼ばれるところである。元々地獄の守り人であるラキは命の泉の雫なしで自由に地獄と天界とを行き来できるのである。それはユウラも同じ事であったが・・・・
「ルシファー、ガブリエル、生きてるかー?」
「久し振りに戻ってきたかと思ったらいきなりな言葉だな、ラキ」
「よっ、久し振り。元気そうだな」
暗闇から姿を見せたのは二人の元天使、ルシファーとガブリエルである。ラキはあまりガブリエルと話したことはないが、ルシファーとは共通の話題でよく話す。
「して、ユウラは?」
「後悔してないって言っているけど、してると思う。あとは少し体調も崩してるな。気落ちもしている」
ラキは岩に腰掛けた。ルシファーはそうか、と呟いて顔を伏せる。
「本当はあいつも降りてきたがってはいるんだ。だが、ゼウスの夜伽が中々な・・・・・」
「・・・・」
「他にも色々と抱かれてはいるみたいだな。たとえば・・・・・」
ラキの瞳がルシファーをむいた。
「お前の、落し胤、とか・・・・」
「なに・・・・・」
「まぁユウラも好意とかじゃないから。ただ慰めなんだよ。今のあいつにとって、抱かれることが唯一苦痛をやわらげられるんだ」
「・・・・・・・」
「ルシファー、一度あいつに会ってやれないか?オレ、もう見るに耐えないんだよ」
ラキはそう訴える。ルシファーは辛そうにラキから視線をそらした。
「ユウラのことを好いてるんじゃないのかよ!あいつのことを誰よりも心配しているのはお前だろう!?」
「今更私があれに会ってどうする」
「会ってやれ!あいつがまた、壊れる前に!あいつを抱き締めてやれよ」
「ラキ・・・・」
「ユウラには俺じゃなくて、お前が必要なんだ。抱き締めてくれる腕が、何もかもに臆病になっているあいつを支えられるのはお前だけなんだよ、ルシファー!!!」
ラキはルシファーの胸元を強くつかんだ。
「ルシファー、頼むからユウラに会ってくれ・・・・・傷つくユウラを見ているのには耐えられないんだ」
「ラキ・・・だが」
「頼むよ。ルシファー・・・・あいつを助けてやってくれよ」
ラキはルシファーの胸元から腕を離すと、翼を広げた。ラキはもう一度ルシファーを見る。
「ユウラに一度でもいい、破滅の日から魂が抜けたようになっているアイツを救ってやってくれ」
ラキはそう言うと天界に戻って行ったのであった。ルシファーはそれを見送りながら、溜息をつく。
ユウラに会いたいのは山々である。だが、会ったらモット会いたくなる。
それはもう、狂おしいほどに。
「だが・・・・・会わずにいられるほど、私は強くもない」
風が強かった。ユウラはなびく髪を必死で押さえていた。
「あぁ風が強いですね・・・少しでも力を抜いたら吹き飛ばされてしまいそうです」
「ユウラァ、部屋の中に戻ろうよぉ」
ユウラの肩にしがみつくルウが言う。ユウラはうなずいた。本当に飛ばされてしまいそうなほど風が強い。不穏な空気が蔓延している。何か様子がおかしいように感じた。
ユウラは髪を抑えながら背をひるがえした。そのときである。
「ユウラ」
ユウラの体が硬直した。空耳であろうか。それはあまりにも懐かしい声音であった。
振り向いたユウラの視線の先に闇がいた。否、闇のように黒い衣を身にまとった・・・・・
「ルシファー様・・・・・」
「ユウラ」
腕が伸ばされ、ユウラの体が抱き締められた。ユウラはただただ呆然として言葉も出ない。
「ずっと、会いたかった」
ユウラの瞳から涙が溢れ出す。懐かしい声はなおも耳元で囁いた。
「お前が苦しんでいることを知っていた。だが、私には会う権利などないと思っていたから・・・」
「なんで・・・・・なんでそんなこと・・・」
「ユウラ?」
「そんなこと、ルシファー様が思う必要はないのに・・・・それは私が思うことなのです。あなたを取り戻したいがために、私はすべてをゆがめた」
ルシファーはユウラの額に口付けを落とした。
「守りたいものがあったのだろう?」
「・・・・・・・たくさん」
「なら、お前は正しいことをしたのだ」
ユウラを抱き締める腕に力が入った。ユウラの腕がのろのろとルシファーの背に触れる。
「翼を半分も失ったのだな」
「はい・・・・」
「・・・・・・だが、私が好きなこの髪は、まだ残っているな」
ルシファーの手から銀の髪がおちる。ユウラはほんのりと頬を染めた。
ルシファーは銀の髪を一房とるとそっとそれに口付けた。
「すまない。会って、やれなくて」
「いいえ、いいえ。こうして、地獄から来ていただいただけでも」
ルシファーはそっとユウラの瞳からあふれ出す涙を拭ってやった。ユウラの瞳がルシファーをむく。
ルシファーの瞳がユウラの胸元に落ちた。ユウラは顔を真っ赤にしてそらせる。
そこに赤く引き連れた傷跡があった。ルシファーの顔が悲しげに曇る。
「まだ、癒えていないのか」
「いいえ、癒そうとしていないだけなのです」
「何故だ・・・」
「あなたとのつながりだと思えるからです」
ルシファーはユウラの顎をつかむと口付けの雨を降らせた。ユウラはその懐かしい愛撫に酔っていくのであった。