第十四話
「っ・・・・・・」
「もう誰も失いたくないんです!」
ユウラがそう叫んでいた。泣いている。
四聖獣がゼウスに戦いを挑んだ日。後に"破滅の日"と呼ばれるようになった。
ユウラの気持ちがわからなくもない。敬愛していたルシファーを失くし、ユダとルカも失った。
気持ちはわかる。だが、ここで止めなければいけない。止めなければ、ユウラの翼が、失われる。
「やめろっ、ユウラ!」
「なんで・・・・・誰も、もういなくなって欲しくないのに」
ユウラの瞳から涙がこぼれてくる。もうちょっとで翼が解放される。銀の十二枚の翼。
ユウラの力が増大していくのが感じられた。ユウラの翼が完全に解放される。
それに乗じて自分の翼も解放されるのがわかった。三対の翼がユウラの感情に引きずられてくる。
地獄の守り人であるラキの翼は漆黒。すべて出てきた直後の痛みにラキはうなる。
「母上!私の願いを聞いてください!皆を、元に戻して。私の翼を代償として差し出しますから!」
「・・・それなら俺の翼もだ!ユウラの大切なやつらを戻してくれ!」
ラキの背に翼を引きちぎられる痛みが走った。下の翼がいっぺんに引きちぎられる。
「っっ!」
「やめっ・・・・・」
ラキは汗をびっしょりかいて飛び起きた。荒い息をつきながら、手で額を押さえる。
「ラキ・・?」
隣で眠っていたユリが起きた。ラキの様子を見ると不安そうな顔をする。
ラキはユリに笑みを見せた。
「悪いな、起こしちまったか」
「平気だ。それよりも・・・・・」
「俺も平気。少し夢見が悪かっただけ」
「少しどころじゃないんだろう?」
ユリはラキの額に手を持っていった。ラキはゆっくりと目を閉じ、頭をユリの肩口に乗せた。
ユリはラキが僅かに震えていることに気がつく。
「ラキ・・・・・」
「悪い・・・俺らしくないな。たかが夢なのに、こんなに動揺してる」
「どんな夢だった?」
「破滅の日・・・・・あのときの痛み・・・・・・それから、悲しみ」
「痛み?」
「・・・・・翼をもぎ取られたんだ」
ユリの指先がラキの背に触れる。ラキはびくっとして目を閉じた。
ユリは小さく笑って、そのまま背筋をなで上げる。
「ユリッ!」
「時には私から攻めてみるのも楽しいかもな」
背を這う指にラキはぞくりとする。そのまま力任せにユリを押し倒すとにやりと笑った。
「形勢逆転だな、ユリ・・・・・オレを感じさせた分、ちゃんと払ってもらうぜ」
ユリが眠ったのを見届けるとラキは服を羽織って、窓辺に近寄った。窓を開けて桟に身を預けた。
「相変わらず激しいんですね、ユリがかわいそうですよ」
「・・・・・・いつからいた?」
「あなたが、ユリを押し倒したあたりです。そうそう、形勢逆転だな、ユリっていう台詞は聞こえましたよ」
「二回目からはいたのか・・・・・お前がいるなんて珍しいな。今日の夜伽はどうした、ユウラ」
窓の下にいたユウラは軽い溜息をついて立ち上がった。そうするとラキと視線があう。
「ゼウス様は今宵お一人ですよ」
「おや、珍しい」
「"祝福"について考えられているそうですよ」
「へぇ・・・・・で、なんできたの?」
「昔の夢を見まして・・・・ね」
「お前も」
「はい」
ユウラはうなずいた。ラキは溜息をつく。
どうやら自分たちは簡単にあの悪夢の日から逃してはもらえないらしい。二人の溜息が重なった。
「ラキはユリのことを大切にしているのですね」
「あぁ?当たり前だろう。結構ユリのこと好きだし・・・そのさ、なんていうのか、お前ニャ悪いんだけど、ユリのこと・・・・」
「あー言わなくていいですから。あなたは結構惚気るタイプでしょう」
ラキはむっとしてユウラの顔を見た。
「そういうお前だって結構惚気るだろう?ルシファーのことに関しては特に」
「そういうところを考えてみると本当に私たちは兄弟ですね」
「うっ・・・・・いえてる」
ラキは口を押さえた。
ユウラは息をつく。切なげな横顔だ。
「ユウラ・・・・」
「大丈夫です。あなたのその馬鹿な言葉を聞いたら落ち着きました」
「・・・時々思うんだけど結構ひどいことをさらりと言うよな、お前って」
「気のせいでしょう」
ユウラは翼を広げた。月に輝く銀の翼だ。
「そろそろ戻ります。ラキ、ユリの体を冷やさないようにね」
「わかってるよ。お前も、レイやシンが心配する前に帰れ」
「はいはい」
ユウラは翼を広げて夜の空に舞い上がった。ラキは溜息をついて窓を閉める。
小さなくしゃみの音が聞こえた。きょとんとして寝台のほうを見れば、僅かにユリの体が震えている。ラキは慌てて寝台の中にもぐりこんでユリを抱き締める。
「今は、とりあえず幸せ、か・・・・」
そう言って小さく微笑むとラキはユリの額に唇を落としたのであった。