「やだ」
"即答だな"
「あぁ、即答した」

の傍らに座る物の怪たちはそう呟いた。
の目の前の老人、彼女が居候する安倍家の主は苦笑している。

「まぁそう言わずに」
「だったら私が祓ったほうが手っ取り早いじゃない。なんでわざわざ昌浩に行かせるわけ?」
「それもなぁ・・・・・」
「あっいけない。今日お祓い頼まれていたんだった!やば、準備してない!!」

は慌てて立ち上がった。

「じゃぁ私は行くからね!それと相談の件は却下。ほら、螢斗、翡乃斗行くよ」
、オレはやるぞ」
「・・・・・・はっ?」

小さな物の怪の言葉には眉をひそめた。
事の始まりは数刻ほど前に遡る。速めに仕事を終え、安倍家に戻り、すぐさま自分の庵で面倒な貴族の頼みごとを片付けようとしていた時であった。

、晴明が呼んでいる」
「勾陳・・・・なんで?」
「さぁな」

勾陳に呼ばれ、は式神たちを連れ晴明の部屋にむかった。

「おぉ、よかった」
「・・・・・・・・戻ろう」
「これ、どこに行く。まだ話は終っとらんぞ?始まってもおらんしな」
「なんか嫌な予感がするから」
「まぁそういわずに話だけでも」
「・・・・・話だけよ?」

はそう言って晴明の前に座った。
晴明はを見て口を開く。

「実は、そろそろ昌浩の"目"の封印を解こうと思っている。紅蓮とも会わせないといけないしの」
「ほうほう」
「そこで、だ。昌浩に妖怪退治をやらせようと思うのだが。今巷で噂になっておる大きいやつだ・・・・もしものときのために、
「やだ」

そして冒頭に戻る。
式神の言葉には首をかしげた。

「なんで」
「面白そうだから」

黒い尾をひょんとふって翡乃斗は応える。
も確かに面白そうなのだが、と思うが昌浩は夜の自分の正体を知らない。
昼間、男装して陰陽寮に勤めていることは知っているが・・・・・
あまり知られたくはないな、と思うである。

「晴明、オレが出てはだめか?」
「かまわんよ」
「やった」

は溜息をついてうなずいた。

「仕方ないわね、協力だけよ」
"、どういう心境の変化だ?"
「別に。翡乃斗と同じよ。面白そうだから」
「では、計画を話そうか」

螢斗はナイショ話をする二人と一匹を呆れたような顔で見ていた。
別段そんなことをしなくとも、昌浩と彼ならば、問題ないような気がするというものである。
が、自分の平穏を何よりも大切にしていた螢斗は無用な癇癪を受けぬようだまっていたのであった。

「やっと来たか、神将」
「・・・・・・翡乃斗?!」

都はずれの大きな柏の木の枝に寝そべっていた翡乃斗は自らと同じ姿をした白い物の怪に視線を向けた。
あちらには首周りに赤い突起、額に赤い華のような模様、瞳も赤いが、こちらはなんの装飾もない黒い体に黄金の瞳である。
翡乃斗はこの物の怪の名を知っているが呼ばない。にやりと笑うとあらぬ方向を見た。
しょぼくれた少年が一人歩いてくる。

「ほら来た」
「げっ。で、お前はなんで・・」
「まぁいいから、ほら落ちろ」

翡乃斗の回し蹴りが決まる。白い物の怪はぼとりと下にむかって落ちた。翡乃斗はそれを見ながらくっくっくと笑う。
下に座っていた少年は唖然として物の怪を見ていた。
翡乃斗もすぐ下にむかって降りる。少年の瞳が翡乃斗にむいた。

「いってぇな・・・お前なぁ・・・」
「落ちたお前が馬鹿なんだろう」

翡乃斗と物の怪は軽い言い争いをする。
少年は驚いたような顔から一転、物の怪と翡乃斗をがしっとつかんだ。

「お前たち妖だよな?!この周りにお前たち以外の妖なんていないよな?!」

翡乃斗と物の怪は顔を見合わせ、否定した。

「いいや、いるぞ」
「あぁ。あちらの塀の影に三匹。ほれ、そこの木の上にも一匹。と、あそこと、ここと、あっちにも」

昌浩は二匹をつかんだままがっくりとうなだれた。

「そういや、もしかしてもしかしなくとも晴明の、孫、か?」

翡乃斗がたずねた時である。

「孫、言うな――ー!」

物の怪二匹はそろって耳をふさいだ。
力の限りに叫んだ少年、安倍昌浩は物の怪たちをにらみつけるとこう言い始めたのである。

「オレは昌浩だ。晴明の孫がなんだ、安部の血がなんだ、他の道を目指して何が悪い。オレだって陰陽師になって父上を喜ばせたいよ。でもそれがどうしたって無理だから、必死で暗中模索しているんじゃないか。何も知らない物の怪風情が知ったような口を利くなー!」

これを一息で言い切った昌浩は物の怪たちを放り投げた。
お前のことを知っているんだけど、とは口が裂けてもいえない翡乃斗である。

「晴明ねぇ・・・・あれはもう人のくくりにいれるのは間違ってやしないか?」
「いやいや、それよりも墨染めの鬼だろう」
「墨染めの鬼?」

昌浩はいぶかしげに問い返す。

「なんだ、お前知らないのか」
「鬼を倒す鬼だよ。闇に溶ける真っ黒な衣を身に纏い、さながら舞を舞うかのように剣を振るう。晴明と並んで敵に回したらいけないやつだよな」
「あぁ。俺たちのような小心者の妖には辛い世の中になったものだ」

などと饒舌な物の怪のどこが、小心者なのだ、と昌浩は心内で呟いていたのである。

「翡乃斗は上手くやっているかしらね〜」
"どうだか。意外と昌浩で遊んで楽しいでいるのがおちだと思うが"
「それはそうね」

庵で螢斗とそう言葉を交わしながらは苦笑した。
と、どたどたとかけてくる音がする。それは真っ直ぐにの庵へとやって来た。

「ねぇねぇ、聞いてよ!」
「昌浩五月蝿い。こっちは仕事中」
「あっごめん・・・」
「さすがに、"裏陰陽頭"と呼ばれる女なだけのことはあるな。霊力がとてつもなくでかい。晴明といい勝負じゃないのか?」

は昌浩の肩口から顔をのぞかせた白い物の怪の姿を見て、眼をぱちくりとさせた。
螢斗が軽く耳を動かす。ちなみに彼は昌浩に見えていない。

「・・・・・・・昌浩、なにそれ」
「えっなにって物の怪」
「物の怪言うな、晴明の孫」
「孫、言うな。それで、は"墨染めの鬼"って知ってる?」
「知ってるもなにもうちの祖先のよび・・・・・あわわ」

は慌てて口を塞いだ。
昌浩はキョトンとしてを見る。

「こほん。で、それは?」
「拾ったんだ。あと黒いのもいたんだけど途中でどこかに行っちゃって・・・・」
「で、物の怪、なんでお前は私のことを知っているのかな?」

綺麗なまでの笑顔である。しかし昌浩と傍らにいる螢斗は知っている。
その笑顔のしばらく後、ほぼ十割と言っていいほどの確率で雷が落ちることを。
ちなみに今まで被害というか、彼女を怒らせたのは神将数名とどっかの馬鹿な公達及び貴族である。

「有名だぞ、俺たち妖の中では。陰陽寮では陰陽博士副官。しかしその実体は妖を切り伏せる都の守り人"裏陰陽頭"だって、な」
「ていうか、陰陽寮じゃ既に陰陽頭で定着してるし」

何故陰陽博士副官という位を(晴明が無理やり)貰ったのに、頭なみの仕事量がくるのが不思議ではあったのだ。
出仕し始めてその疑問はすぐに解けた。
晴明と並ぶほどの力を持った青年、となぜか定着しているらしい。
他の部署ではあまりのことは話題にならないのだが・・・・・

「で、昌浩用件はなんだったの?」
「あぁ、だから"墨染めの鬼"を「知らん。何も知らん」

はそう言うと既に昌浩はそこにいないかのように目の前の料紙に筆を置いたのである。
昌浩は軽い溜息をついて庵をあとにしたのであった。
昌浩がいなくなってすぐ、黒い物の怪が姿を現す。それはの肩に飛び乗るとふぅっと息をついた。

「おれの出番はこのくらいか?」
「えぇご苦労様」
「昌浩に見えるように、でも神気を抑制するのは難しかった」
"いい経験になったんじゃないか?"
「そうでもないな。面倒だった」

毛づくろいをしながら、ふと翡乃斗は想ったことを言って見る。

「そういえば"墨染めの鬼"など久し振りに聞いたな」
「そうね。驚いて地が出ちゃったわよ」
「それはいつものことだ」
"何の話をしていたかは知らんが、紫の正体をばらすことだけはやめておけよ?"
「言われずともわかっている」

螢斗の言葉に翡乃斗はうなずいたのであった。