氷珱は悶々と悩んでいた。

前回輝津薙がやって来て言った言葉



「私も同じだから」



「どういうことだ?」

「何を悩んでいる?」

「高於・・・・・俺と同じということは輝津薙も異端なんだよな?」

「あぁ。そう言っただろう。子をなすことができると・・・」

「・・・・」

「どうした」


氷珱は何も言わない。


「・・・・・すげぇ悲しそうな顔をしていた」


ぽそりと呟いた。

微笑んで言った輝津薙。でもそれはどこか歪んだ微笑で。

まるで泣きたいのを我慢しているようだった。


「天照も月読も輝津薙を大切にしている。だが・・・・ほかの神はあれのことを力を強めるための道具としか考えていない」

「マジ?」

「あぁ・・・・」

「・・・・・」


氷珱はすくっと立ち上がった。

高於は怪訝そうな視線を氷珱へと送る。


「何処へ行く?」

「しばらくの間留守にする。その間、輝津薙が来たら適当に理由を言っておいてくれ」

「"氷珱には別の女ができた"とでも?」

「いやいやいや・・・・高於、頼んだ。あれの笑顔を・・・・もっといいものにするために」


氷珱はそう言って白銀に輝く狐の姿に変化すると貴船の奥へと姿を消した。

高於のそばに月読が降り立つ。


「いいのか?」

「・・・星が定まったと言っただろう。もうなにもできん」

「・・・・・狐の男と神の女か・・・・はてさて、どのような物語ができあがるのだろうな」

「楽しんではいまいか?」

「気のせいだろう」

「・・・・・・」


月読は高於をにらんだ。高於のほうはそ知らぬ顔である。




「天照兄上・・・・」

「どうした」

「・・・・・禁忌のこと、教えて」

「・・・・誰から聞いた?」

「書物を読んでいて・・・・お願い、教えて」


輝津薙は天照の足元に跪く。


「お願い、兄上」

「・・・・・知ってどうする?」

「・・・・・・」


輝津薙は何も答えようとはしなかった。

天照はじっと着津薙の瞳を見ていたが、やがて溜息をつくと立ち上がった。

輝津薙は慌てて兄の後を追う。


「神と人が交わったら神は力を失うことを知っているな」

「はい」

「あれも禁忌の一つだ。そしてもう一つある」

「それは・・・・」

「妖怪と神とが交わることだ」

「・・・・・・」

「人と神と妖怪は元々交わることのない別々のもの。思いあうことなど必要ない」


輝津薙は少し傷ついた様子で顔を伏せた。


「人に思い人でもできたか?」

「・・・・・・」


輝津薙は首を振った。


「妖怪か?」


また首を振った。


「・・・・・・何があった」

「・・・・・」


輝津薙は涙を浮かべて天照を見た。

天照は狼狽する。妹の涙には弱いのだ。

天照は慌てて妹を抱き寄せようとした。


「輝津薙?」

「神とは・・・・・・神とは不便なものですね」


輝津薙はそう言うと自分の部屋へと走って行った。

天照は行き場のなくなった手をおろす。


「・・・・・・・・だが、そうしなければ・・・・・秩序を守らなければ、生まれてくる子が悲惨な運命を辿ることになるのだ」