輝津薙は氷珱を見た瞬間に心奪われた。

月の光を照らして輝く銀の髪、あの雲のない真っ青な空をそのまま切り取ってはめたかのような瞳。

ゆっくりと歩み寄っていく二人を高於は黙って見つめていた。


「あなたは?」

「妖狐が一人・・・・氷珱」

「妖狐・・・・・闇に住まう妖の一族だと聞くけれど・・・・」

「その通り。俺たちは闇に溶け込む姿をしている」

「双黒・・・・・瞳も髪も黒だと聞くわ」

「・・・・・」


氷珱は顔をそらした。

輝津薙はそっと微笑む。


「綺麗な色よ。あなたの髪も瞳も」

「そう言われたのは初めてだ・・・・・」

「始めて?」

「あぁ・・・・俺は今まで疎まれてきたから・・・・妖狐の特徴を持たずに生まれてきたから」


輝津薙はそっと氷珱の頬に手を滑らせた。


「そんなことない。あなたからはちゃんと妖狐の香りがしてるわ。紛れもない妖狐よ」


氷珱はほんの少し唖然としたあと噴出した。

高於は軽く目を見開く。笑うということをしなかった氷珱が声を出して笑っている。


「何がおかしいの?」

「いや・・・・・妖狐の香りがするなんていうやつはじめてで・・・・・」


氷珱はくっくっくと笑った。

輝津薙は困ったかのように高於を見た。


「高於・・・・」


高於の姿が消えていた。

輝津薙は困ったような顔をして氷珱を見上げた。


「どうした」

「高於・・・帰ったみたい」

「別にいいんじゃないか?それとも、お前は何か高於に用があってきたのか」

「・・・・・ううん」


輝津薙はそっと微笑んだ。


「あなたに会えたから」

「・・・・・っ?!」


氷珱は思わず後ずさっていた。輝津薙は不思議そうに氷珱を見つめた。


「・・・・・なっ、お前それがどういう意味持ってるのか知ってるか?!」

「えっ?」

「〜〜っ、知らないならいい。俺は帰る」

「待って、氷珱!!」

「なんだよ」

「・・・・・・また、会える?」


輝津薙の心の底からの言葉だった。

氷珱は進めかけていた足を元に戻し、輝津薙に向き直る。

青磁色の瞳が哀しげに揺れている。


「・・・・・会ってやるよ。今度、な」

「本当?」

「本当」

「・・・・・約束ね」


輝津薙はそっと氷珱の手を取ると小指を絡め合わせた。

冷たい手だった。


「またね、氷珱。おやすみ」


輝津薙の姿が消える。

氷珱は小指を見ると額に手を当ててしゃがみこんだ。


「なんなんだ、いったい・・・・・・妖怪と神が馴れ合うなんて聞いたことねぇ・・・・・」

「ほう、懐かれたな、氷珱」

「っ高於!!お前、どこに隠れていたんだ!」

「中々いい様子だった者達の邪魔をしないようにいなくなっていたんだが?」

「・・・・・・あぁそうだな、そうだったよ。お前はそういうやつだ。天上天下唯我独尊。神ってのはそういうもんだもんな」

「時々失礼を言うな」

「お前に比べりゃかわいいもんだろ」


氷珱は溜息をついて、高於に背をむけた。


「氷珱・・・・禁忌を忘れるな」

「・・・・・・わかってる」


闇の中に氷珱は消えた。

その気配は貴船からも消えた。

高於の神はゆっくりと頭上に浮かぶ満月を見上げた。