その青年は妖狐族の中で最も強く、もっとも忌まれていた存在だった。 青年の瞳は青、背を流れ落ちる髪は銀の輝きをともしていた。 妖狐は普通、漆黒の瞳と髪を持って生れ落ちる。 神に近しい天狐とは違い、闇に住む一族だった。人を襲うことはなく、ただ一族だけで生きてきた。 「氷珱」 「・・・・・・・・・」 氷珱と名づけられた彼は仲間達と交わろうとはしなかった。 「まったく、またここに来ているのか・・・・」 「来てはいけないか、高於の神」 氷珱の名が示すとおり、その声音は冷え冷えとしていた。 高於の神は呆れたように嘆息する。 「天狐ならまだしも、妖狐であるお前がここに侵入できるとはな」 「一族の中で異端の存在である俺だぞ?入ることなどたやすい」 「だが、ここが神の領域と知っているのか」 氷珱はふっと青い瞳を背後に顕現している高於の神へとむけた。 「殺したければ殺せばいい」 どこか"死"を待っている様子の氷珱だった。 「そんなに死にたいのか」 「俺は他の妖狐とは違う。異端の存在だからな。どこにも存在意義などありはしない」 「・・・・・・天津神でただ一人、子をなす力を持った女神がいる」 氷珱は怪訝そうに高於の神に目をやった。 「その名は輝津薙命。天神天照大御神と月読命の妹で、全女神の頂点に立つ。彼女もまた異端の存在だ」 「どこがだ?天照と月読の妹で女神の頂点に立つのならば、それなりに強い力もあるのだろう?」 「ありすぎるのだ。彼女は神々を虜にすると同時に、彼らから敬遠されている」 その女神は美しかった。 天照に似た紅の髪、月読に似た華奢な体つき。 そして彼ら三人を生み出した父に似た強力な力。兄をも超えるその力は神の中で異端の存在だった。 「だが私はあれを気に入っている」 「高於―!!」 「そう時々こうしてやってくることもあったな。その前にはたいてい婚姻・・・・・・・輝津薙?」 「はいっ!」 高於は驚いたように背後を振り返った。その後ろに輝津薙は笑顔で立っている。 氷珱は慌てて闇に姿を溶け込ませた。 「誰かいたの?」 「いいや・・・・・そういえばどうした、輝津薙。また婚姻の文句でも言いに来たのか?」 「兄上はもう諦めたわ」 暗闇から月明かりの中へ輝津薙は踏み出してくる。 その姿を見た氷珱は息を呑んだ。 背に流れるのは紅の髪、白磁の肌と朱色の唇。大きめの瞳が青磁色に輝き、その神気に煽られて紅の衣が翻る。 「・・・・・・誰かいるの?」 きょとんとした顔になって輝津薙は高於にたずねる。 高於は氷珱が姿を消したその闇に目をむけた。 「穏行しても無駄だぞ」 その言葉で、すべてを悟った氷珱は姿を見せた。 輝津薙と氷珱、これが二人の出会いだった。